聖学院100周年記念
ホームへ戻る
聖学院大学 女子聖学院 学校法人聖学院
100周年記念について
女子聖学院新校舎建築
聖学院大学チャペル建築
イベント
聖学院大学
『自由とは未来への選択』

学校法人聖学院 理事長・院長 大木英夫

真の自由とは

何年か前のことになるが、ノーベル賞作家大江健三郎さんがここに来て講演されたことがある。最近、『「新しい人」の方へ』と言う文集を出版された。若い人びとに向けてのメッセージである。「『新しい人』になるほかないのです。」「この単純な言葉を書き付けて、皆さんへの呼びかけを結びます。敵意を滅ぼし、和解を達成する『新しい人』になって下さい」。大江さんは、この「敵意を滅ぼし、和解を達成する新しい人」という言葉を聖書の中から取った。「皆さんへの呼びかけ」、それはメッセージということである。―「新しい人になる」、それは人間だけがもつ可能性である。猫は決して新しい猫にはならない、人間だけが古い人から新しい人に生まれ変わることができる。自由があるからだ。
「自由」とは何か。今日、人びとは、自由とはスーパーマーケットの棚に並ぶいろいろな商品の一つを選択するようなことだと考える。それは本当の自由ではない。或る大学の学生たちはスーパーフリーというパーティをした。それが本当の自由ではない。警察沙汰になった。彼らは退学になり、一生を台無しにした。「後悔先に立たず」という言葉があるではないか。あとになって悔やむような選択をすることがある。この言葉が示すように、自由とは未来に関わる選択なのだ。『アーゴの法則』に「未来は現在の延長ではない」という言葉がある。もし未来は現在の延長であるならば、それは山手線に乗ったようなものである。池袋で乗れば、一回りして池袋に戻る。しかし未来は現在の延長ではない、だから未来は選択されねばならない。富士山に行くためには新宿で中央線に乗り換えなければならないようなものだ。未来とは乗り換えるようにして選択すべきものである。自由によって自分の未来の人生を選択する。古い人を脱ぎ捨て、聖書の言う「新しい人」を選択する、そこに真の自由がある。

ウェストポインター チャールズ・ガルスト

今日は聖学院の百周年、大学の創立15周年記念の日である。この日を記念して聖学院の先達チャールズ・ガルストのことを話したい。八号館のガルスト・ホールのガルストである。彼は、北海道大学のクラーク博士、熊本洋学校のキャプテン・ジェーンズよりももっと偉大な存在であると言って過言ではない。伊藤博文は、「西洋は未だかつてチャールズ・E・ガルストに勝る贈物を送ったことはない」と語ったからである。聖学院はこの先達をもっていることを誇りにすべきである。ガルストの来日は今から120年前、聖学院創立よりも20年前のことであった。その記念として彼の伝記A West-pointer in the Land of the Mikadoという本が小貫山先生によって翻訳された。この人は、伊藤博文が言うような大きな貢献をしたが、何よりも聖学院に残したのは、その生き方である。「敵意を滅ぼし、和解を達成する新しい人」となるという人生の未来への選択を典型的に示したことである。
「ウェストポインター」とは、アメリカの栄光を担うアメリカ陸軍のエリート達の代名詞である。南北戦争のグラント、第二次大戦の英雄アイゼンハウアーやマッカーサーもウェストポインターであった。ガルストは医者の子として生まれた。それはアメリカの南北戦争の時代であった。ガルストは優秀な若者としてアイオワ州知事の推薦を受けウェストポイントに入学した。栄光への道を踏み出した。キャプテンつまり大尉になった彼は部下を率いてインディアンとの戦いの前線にあった。そのときガルストは現在と未来との間の選択に直面するのである。イザヤ書に「剣をうちかえて鋤とする」という預言の言葉がある。
彼はウェストポインターの誇り高きシンボルであるサーベルを捨てる決断をした。剣は戦争のシンボル、剣は人を殺す武器である。戦争を過去とし、未来の平和の伝道者を選択した。

次のページ ページの先頭に戻る
 

チャールズ・E・ガルスト
チャールズ・E・ガルスト