否定媒介」で肯定へ 転じる高次の力 − 日本は敗戦後、米軍が主力のGHQに支配され、独立後も日本はアメリカの科学技術をはじめ文化全般を取り入れてきました。その間も米英の研究は進まなかったんですか。 大木 それははっきりしています。敗戦という「歴史」進行が大学に停滞する「意識」を追い抜いてしまったからです。わたしは、敗戦後ニューヨークに留学しました。そこで敗戦によって受け入れることになったリベラル・デモクラシーの源流を知ろうとして、ドクター論文を書きました。わたしの先生は有名なラインホールド・ニーバーでした。 戻ったのは安保闘争の最中1960年です。帰国後書いた一文で、日本の知性の「ゲルマン捕囚」ということを書き、当時相当なショックを与えました。神学と法学と医学は古いいわゆる「プロフェッショナル」と呼ばれる専門学科でした。東大工学部を作ったダイヤーは、工学を新しい「プロフェッショナル」にまで引き上げようとしました。工学は、MITのようにインスティテュートでするものでした。古い三専門学科は古典語でなされましたが、日本ではドイツ語が支配的でした。それにプライドが付着していたのです。医学が早く「ゲルマン捕囚」から抜け出しました。法学では独法、神学ではドイツ神学が優勢でした。それがイギリスやアメリカの研究を遅らせたわけです。存在(現実)と意識(大学) の分裂と言ってもよいでしょうね。 もう一つは、戦後の東西冷戦構造でしょうね。日本の知識人の左傾はマルクス的ゲルマン捕囚で、「反米」「嫌米」では右翼と左右両極一致という奇妙な現象を呈しました。 − 日本も現在「役に立つ大学」が期待されて、国立大学の独立法人化も始まりました。 大木 19世紀末、ドイツでは科学(ヴイッセンシャフト)は大学の別名となったほど、何でも科学化する風潮がありました。医学は医科学、神学も科学的神学ということが言わ れました。その影響が強く日本を支配しました。理論物理学が上で実験物理学は下、そういう感覚があったんです。社会に「役に立たないこと」をやるなどと自慢しました。ところが急転して大学は「役に立つことばかり」を追求しだしたと見えるのです。大学は社会の声に耳を傾けねばなりませんが、その奴隷であってはならないはずです。 大学は利益追求よりも真理追求の場であるべきで、聖書に「真理と恵み」と結び付けられた言葉がありますが、真理は真の恵みを与えるものです。恵みとは役立つことです。本当に役に立つこととは何かをはっきり見極めるのが、大学の社会への奉仕でもあると思います。 − 戦争責任の問題もあいまいにしてきたと言われます。 大木 ドイツがフランスと仲良くなったのは、戦争責任をはっきり認めたからです。日本はそれを曖昧にしてきた。その結果が60年たってまだ近隣諸国と信頼関係をつくれないでいます。ドイツは宗教改革者ルターの国ですから、謙虚に自分の非を認める心の勇気をもっています。 わたしは17歳で敗戦を迎えました。実はわたしは敗戦のとき東京陸軍幼年学校の最上級生でした。吉田茂は自伝の中で「日本をだめにしたのは幼年学校だ」という発言をしてい ます。幼年学校は当時の軍のエリート・コースでした。今北京にいる阿南大使のお父上は、敗戦時の陸軍大臣で敗戦の日に責任をとって自決しました。幼年学校の出身でした。A級戦犯のほとんどが幼年学校出身でした。だから吉田茂の言うことは確かに当たっている。しかし、官僚はどうだったか。官僚閥は軍閥にその責任をかぶせてみずから戦後に生き延びたんです。軍閥と官僚閥は天皇の戦争遂行の両手両足でした。誰かに責任を転嫁しなければ戦後に生き延びられなかった、そのずる賢さが戦争責任をあいまいにしたのです。 ところが、A級戦犯を靖国神社にまつる、首相が参拝する。何でしょうね、戦後日本は一種の虚偽意識が瀰漫(びまん)した社会となっている。そして常任安保理事国になりたいと言う。無理でしょうね、中国はその拒否権をもつ理事国ですから。 「敗戦」というのは日本における世界史的事件です。ものすごい否定的経験です。ヘーゲルの「否定媒介」という言葉を借りれば、否定的なものを媒介として肯定へ転回するなら ば、そこから新しい高次の力が出てきます。アメリカで面白いと思うことは、例えばエドワーズ副大統領候補も、コリン・パウエル国務長官、カリフォルニア知事シュワルツネッ ガーもみなその貧しい出自を語ります。ところが日本では、有栖川宮家の系統を騙るというタイプなんですね。なんとも卑劣卑猥な感じですよ。 アメリカン・ドリームというのは、マイナスをプラスに転回する精神が見る夢なのです。アメリカには「ボーン・アゲイン」(生まれ変わる)ということを言うプロテスタント・キリスト教の一派がありますが、それがアメリカ的生き方の一般性格にまでなっているんですね。だからアメリカは、そういう意味でもプロテスタント的な文化の国なのです。 |
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